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あとがき

堀貫坊大統領   光畑浩治

画像平成二十八年(2016)一月十五日、東京の日比谷公会堂で秋篠宮両殿下ご臨席の元、 第五十六回交通安全国民運動大会が開かれ、福岡県行橋市今井にある太陽交通且ミ長の堀貫治さん(66)が「交通安全推進に尽力した」功績で「交通栄誉賞緑十字銀賞」を受賞した。妻・美恵子さん(66)には感謝状が贈られた。祖父の堀助九郎さん(1888〜1961)が餅蓋に「堀貫坊大統領」と描いて可愛がった孫が国の舞台で表彰を受けた。泉下での嬉しそうな祖父の笑顔が浮かぶ。タクシー事業創業九十年目にふさわしい表彰である。  現在、太陽交通鰍ヘタクシー、バス、旅行、不動産など社員約六百人、地方企業として各種事業を展開する。歴史を遡ると、現社長の祖父・助九郎さんが、今で言う「路線バス」の「客馬車」事業を始め、昭和元年(1926)にフォード車数台でタクシー事業を開始した。戦時、行橋合同タクシーとなるなどしたが、昭和二十六年「堀構内タクシー」となり、昭和六十一年、全ての人間が太陽を中心に生きている、その力強い言葉をいただき「太陽交通」に社名変更したという。その後、JR日豊本線の北九州の下曽根駅から宇佐駅まで十六駅の構内タクシーとして駅前には太陽タクシーが並んだ。これは堀助男二代社長(昭和五十一年から三期二年、行橋市長を務めた)以降、北九州から京築、豊後高田、宇佐までの日豊沿線の中小タクシーのみどりや宇の島、マルハ、四日市、かんだ安全、扇城など十三社の買収、合併をすすめ、現有タクシーは三三六台、バス三四台となり、加えて旅行会社などの事業拡大が図られ、今も北部九州の足≠ニして太陽交通グループは拡大を続ける。
太陽交通竃{社の敷地内に「交通安全確保石」なる御影石の石柱が建つ。それには「大正十五年起業 自動車営業主 堀助九郎」の文字が刻まれている。この碑は太平洋戦争が始まる前、昭和十一年の建立。当時から「交通安全確保」は多くの人の願いだったようだ。 堀貫治三代社長は就任十八年目。会社のHPで『安全運転の知恵袋』のWEB連載を続ける。「プロはスピードを出さなくても早く着く」「大型車は事故が少ない理由」「他人に迷惑をかけない運転」などプロの立場からのアドバイスは解りやすい。時代に即応する会社のバスやタクシーは、北九州空港にも入り、京築の”足のニーズ”に応え、人々の生活を守り続ける。原点は、やはり初心忘るべからず「交通安全確保石」の創業者魂に尽きるようだ。

2016年1月26日
 
光畑浩治 氏
1946年行橋生まれ。元市役所職員。光畑氏は芥川賞作家の鶴田知也など京築出身の偉人などについてのエッセーを執筆し、京築地方のミニコミ誌に発表。1994年には西日本新聞北九州版で連載「京築の民話」を担当。著書:ふるさと私記 編著:句碑建立記念竹下しづの女共著:京築を歩く、田舎日記シリーズ「一文一筆」「一写一心」など
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